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      <title>ねぇムーミン？</title>
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      <description>会いに行きたいなー。</description>
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         <title>サイクリングの歴史　3</title>
         <description>1881年には早くも「フランス自転車連盟」が設立されています。


のちにこれは「フランス・サイクリング協会」となりますが、1890年を皮切りに、各地に自転車競技場が建設されます。


そして、競技場での自転車競走と並行して、路上での競走も流行をみるようになります。


自転車競技の発展には、新聞が決定的な役割を果たしました。


このサイクリングないし自転車競技を、一大実践スポーツへと押し上げたのは、いうまでもなくツール・ド・フランスです。


主にフランス全土を舞台として毎年初夏に行なわれるツール・ド・フランスは、現在国をあげての大イベントとなっていますが・・・


起源は近世・近代の職人たちが、親方になるための修業の仕上げに、全国を巡歴(トゥール)したことにあるのだそうです。


・・・仕掛け人は新聞でした。


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         <pubDate>Sun, 20 May 2012 14:47:01 +0900</pubDate>
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         <title>サイクリングの歴史　2</title>
         <description>技術革新も進み、前輪の間に置かれ、チェーンを備えたクランクセットの基礎的なシステムに加えて、次々と技術的な改良が投入されていきます。


ボールベアリング、タイヤ、フリーホイル、ギアなどがそれです。


1910年代に洛けるこの「プティット・レヌ」〔自転車の愛称。字義は「小さな女王」〕への熱狂は、1890年代の流行をはるかに凌ぎました。


・・・つまり、1894年のフランスでは、25万台の自転車が走っていただけでしたが、1914年には、その数が実に450万台へと膨張したのです。


自転車は多方面で用いられ、旅行を大衆化し、人々が職場に向かう際の足ともなりました。


当初、貴族たちはヴェロシペードに関心を抱いていましたが、やがて自動車が普及し始めると、そちらの方に関心を移していきます。


ここと関わる領域でいえば、スポーツとしてのサイクリングも、そうした自転車の発達と軌を一にして発展します。


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         <pubDate>Wed, 11 Apr 2012 14:46:18 +0900</pubDate>
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         <title>サイクリングの歴史</title>
         <description>自転車は、ドイツの男爵力ール・フリードリッヒ・ドライス・フォン・ザヴァーブロン（1785～1851年）によって発明された、足で地面を蹴って進む木製のニ輪車ドライジーネに由来します。


1861年、フランス人発明家のピエール・ミショーが前輪にペダルをつけ、これがラテン語のウェロクス、ヴェロキス「速い」とべス、ペディス「足」とからなる《ヴェロシペード(ペダル式自転車)》と呼ばれるようになります。


・・・やがて大型自転車の《グランド・バイ(シクル)》も現われます。


しかし、1885年、ヴェロシペードの英雄的時代は終焉を迎えます。


イギリスでは、1879年にローソンが、その名も「セイフティ」(安全)という初期の実用的ニ輪車のデモンストレーションを行なっています。


のちにこれは「バイシクレット」と命名されますが、1885年には、スタンレーが最初のコマーシャル・モデルを考案し、ただちにコヴェントリー=バーミンガム地方のいくつもの工場でそれが生産されるようになりました。


自転車の歴史はこうして始まり、驚くほどの成功を収めるようになります。

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         <pubDate>Sun, 18 Mar 2012 14:44:26 +0900</pubDate>
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         <title>海水の温度が急に変わるのはなぜ？</title>
         <description>海で泳いでいて、少し沖へ出たり、深くなったりすると、海水の温度が急に変わることがありますが・・・


これはなぜでしょう。


岸近くと沖とでは、海水の塊の性質が異なり、なかなか混ざり合わないためです。


岸近くの海水は、太陽に温められて温度が上がり、また川の水などが流れこむので塩分が少ないことが多く、沖の海水より密度が小さいのが普通です。


このような岸近くの海水の塊と、沖の密度の高い海水の塊が出会うと、簡単には混ざらないため、温度差のある冷たい水にぶつかって驚くわけです。


また、1メートルくらい下から急に冷たくなるのも、下のほうへ沖の海水が入りこんでいるためです。

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         <pubDate>Sun, 12 Feb 2012 17:56:09 +0900</pubDate>
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         <title>同じ気温と水温で感じ方がちがうのは？</title>
         <description>たとえば、夏の気温の30度は、かなり暑く感じます。


・・・ところが、風呂のお湯の30度はぬるく感じます。


同じ30度なのに、どうしてこんなに感じがちがうのでしょう。


これは、空気と水の熱伝導度の差によって説明できます。


空気は熱を非常に伝えにくく、熱に対する絶縁体といっていいほどです。


これに対して、水は、空気の約20倍も熱を伝える能力があります。


私たちのからだの表面には、いつも空気の動かない層が残っていて、それが邪魔をして、気温は30度でも、皮膚の表面の温度は30度よりもずっとあります。


ところがお湯に入ると、皮膚の温度はすぐ30度近くになるので、30度の湯はぬるく感じるわけです。


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         <pubDate>Tue, 10 Jan 2012 17:55:29 +0900</pubDate>
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         <title>谷川の水はなぜ飲んでも安全？</title>
         <description>ハイキングや登山に行くと、よく谷川の水を飲むことがあります。


天然の、消毒されていない水なのに、なぜ谷川の水は飲んでも腹痛を起こすこともなく、安全なのでしょう。


・・・確かに、川の水は何でも溶かすので、汚れ、細菌や微生物もたくさんいるはずです。


しかし、谷川の水は自然の不思議な力によって、たえず浄化されているのです。


照りつける強い太陽の光は、水面から細菌や微生物を殺してしまいます。


また、吹き抜ける風は流れる水とよく混ざって、何でも酸化・沈澱させます。


さらに、川底の砂に混ざっているシリカ（ニ酸化珪素=水晶の粉末など）は、水に浸っているとシリカゲルになり、水の汚れをみんな吸着してしまいます。

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         <pubDate>Sat, 24 Dec 2011 17:54:58 +0900</pubDate>
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         <title>なぜ夏至の日がいちばん暑くない？</title>
         <description>夏至の日は、1年中でいちばん昼間の長い日なのに、真夏のいちばん暑い日がそれより1カ月も遅れるのは、なぜでしょう。


・・・これは、地面が温まるのに時間がかかるためです。


確かに太陽から送られてくる光はこの日がいちばん強いのですが、地面は急には温まらず、その後も送られてくる強い光によってどんどん温度が上がります。


そして、太陽からの熱が弱まってくると、地面から逃げる熱がふえます。


この受ける熱と逃げる熱が等しくなるまで地面の温度は上がっていき、それが7月の下旬になるわけです。


東京の場合夏至の昼間は、いちばん短い冬至に比べて、4時間50分も長く、14時間35分もあります。

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         <pubDate>Sat, 12 Nov 2011 17:54:27 +0900</pubDate>
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         <title>常識の中での「反常識」　2</title>
         <description>「反常識」という言葉をはじめて組革研で使い出したころ、参加者から「俺は共産党はきらいだ」と言う声が出ました。


「私は人間党だ」と即座に返した覚えがありますが、この人はおそらく「反体制」あたりの言葉と混同したのでしょう。


私が言う「反常識」とは、現状のあるがままの体制や条件の枠組みの中で、「人を人として」の人間観による「人びとと仕事とのかかわり合い」を求めて、その運営のしかたのある部分を、いままでと反対にしてやってみようではないか、ということです。


ちょっと反対にしただけで、いつもとは違った集団活動の状態がすぐさま生まれてきます。


おそらく、想像を超えるものになるはずです。


人間はある状況の下である症状を示しているのであって、したがって、状況が変われば別な症状を現してくるからです。


集団ともなれば、この現象はいっそう顕著です。


以下に、「反常識」のいくつかを記してみましょう。


いずれもが、きわめてリスクの少ない、間違っても大火傷をする心配のあまりない、しかも有効性を実証済みのものばかりです。


誰にでもできることですから、ぜひトライしてみてほしいのです。


「反常識」こそ、変革に不可欠の進めかたであることを実感できるに違いありません。


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         <pubDate>Tue, 11 Oct 2011 11:39:14 +0900</pubDate>
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         <title>対照群の選択</title>
         <description><![CDATA[
ラリー・ミッチェルソンたちは、いちじるしい研究結果に達したらしい。


不幸にして、研究の報告に多くの欠陥があります。


彼らの結果にしっかりした価値を置くことを不可能にしています。


とくに、RDSを予測するための指標をどのようにして引き出したかは、彼らの説明からは明らかでない。


このような状況は、彼らがついでそれを反証することが同じ事例を分析することによって得られることを示唆しています。


もしそうならぽ、それは分析全体を価値のないものにするでしょう。


対照群の選択も疑わしい。


対照群は二万四千の人から無作為に抽出されたらしいが、社会経済的地位、誕生の季節、地方居住、都市居住などの変数に関して、RDS群とマッチされていたならばもっとよかったでしょう。


対照群の数が非常に少なかったことも不幸です。


選択のために利用できる二万四千の人からもっと大きな集団をうることは、困難でなかったはずです。


選ばれた集団にとって、天文学的データのあるものは奇妙なものでした。


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         <pubDate>Sat, 24 Sep 2011 11:32:25 +0900</pubDate>
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         <title>常識の中での「反常識」</title>
         <description>「常識を破る」必要性はわかるとしても、いざそれをやるとなると、けっして容易なことではありません。


具体的にどうしたらよいかが、わからないからです。


この種の本はいくらでもあります。


しかしそれらの多くは、その必要性を劇的成功例を下敷きにして説いたものであって、その発想プロセスは、なるほどとは思いますが、容易に自分の周囲に横すべりさせられるものではありません。


・・・破れにくいからこそ「常識」なのだとも言えます。


しかも、「常識」は論理化されうるが、それを破りうるものは、おそらく論理ではないでしょう。


論理的思考にならされてきた大人たちにとって、「破常識」は至難の業です。


そこで私は、同じことを引反常識レと言い換えています。


つまり、いつもと反対のやりかたをしてみたらどうか、ということです。


どう動いたらよいかというイメージが、いささか具体的にわいてくるのではないでしょうか。

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         <pubDate>Tue, 20 Sep 2011 11:38:44 +0900</pubDate>
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         <title>「反常識」の組織論　2</title>
         <description>創造とは、羽目を外すことです。


変革とは、「常識」と闘ってそれを破ることです。


それが、技術開発という自然科学においては是とされ、組織開発という社会科学の領域においては非とされているのはどういうことか。


そこに少し留意してみたらどうなるでしょうか。


「常識」でやっていて、それでいま思わしくないのです。


だとすれば、ちょっぴりそれを破ってみてはどうかということです。


最初から「破常識」を意識して行ったことではありませんが、その部類に入ることばかりです。


「常識」の囚われから解き放された姿をしています。


だいいち「人を人として」は、「人を道具として」という意識されざる「常識」を超えたところの人間観です。

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         <pubDate>Mon, 01 Aug 2011 11:38:09 +0900</pubDate>
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         <title>「反常識」の組織論</title>
         <description>変革に一歩踏み出したとき、日々の場でその足を引っぱる最大の敵は、いわゆる「常識」というやつです。


まことにこれは、とてつもない力を持っていて、真正面からまともにぶつかっていける相手ではありません。


しかし私はあえて、ある種の「反常識」を薦めたいのです。


「常識を破れ」は、開発的領域ではあたりまえのことです。


変革そのものを仕事とする技術開発や事業開発においては、これなくしては話になりません。


東芝などは「破常識」なるキャッチフレーズを、企業イメージの広告として使っているほどです。


ところがどうでしょう。


こと人とか組織の話になってしまうと、がぜん「常識」がのさばり出てくるのです。


それは一つの掟として、人間が社会秩序を自ら律していくために当然のことかもしれませんが、しかしあまりにも、わたしたちはその囚人になってしまっているように思えてなりません。


それに疑問を抱くことすらなく、無意識のうちにそう行動してしまっているのです。

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         <pubDate>Tue, 05 Jul 2011 11:37:31 +0900</pubDate>
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         <title>社会福祉における市町村の役割　4</title>
         <description>一つは、ここでいう「需要」(ニーズ)は「要求・要望」(ディマンズ、住民の生の声)を基礎としていますが、それと質量ともに同じものではなく、市町村が責任をもって取り組むべき、あるいは実行すべきと考える課題の総量であるという点です。


おそらく常にディマンズがニーズを上回っており、したがって、そのうちからニーズとして選定する市町村の政策的判断が問われるのです。


それは他の行政分野との関連で社会福祉をいかに重視するか、それもいかなる優先順位でどのようなやり方で取り組むかという価値判断です。


もう一つは、需要にかかわる情報をできるだけ有機的に結びつけることです。


今日、福祉と保健と医療の結合の必要が叫ばれるのも、連絡のない切れ切れの需要情報による個別行政がムダで適切さを欠いていることが明白となっているからです。


しっかりした個人情報の保護制度(条例)を実施しつつ、福祉対象者の個別需要情報を集約し、総合的な需要構造を常に把握できていることが必要です。


・・・この点ではいわゆるケース・マネジメントの手法は有効です。

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         <pubDate>Sun, 19 Jun 2011 16:41:30 +0900</pubDate>
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         <title>社会福祉における市町村の役割　3</title>
         <description>「意見具申」において「市町村の役割重視」が打ち出された理由の一つは、市町村が「住民の福祉需要を最も把握し得る」ことでした。


市町村が身近さと現場性という特色をもっているからです。


どこに、どのような困難をもつ人がいかに暮しているか、その人ないしその人の家族はどのような要望をもっているか、そういう人は地域に現在何人いるか、また今後どのくらいのスピードで増減するか・・・


このような具体的な人に即して福祉サービスの需要を探りあて、絶えず最新で正確な情報として保有しつづけるのは市町村でなければ不可能です。


例えば現在は高齢化度を測る老年人口基準は65歳以上となっていますが、このような実態にそぐわず、あらい基準でひとくくりに老年人口化を計算してそれを計画の基礎に用いるのではなく・・・


定年が60歳で人生80年時代というならば、5年きざみでどの地区にどのくらいのスピードで何歳以上のお年寄りがどのくらい増えていくかを把握しておく必要があります。


・・・特に現在のところでは、絶対的福祉の対象となる進行性痴呆症老人の発生にともなう福祉需要は65歳以上をひとくくりにしてはとても正確には把握できないでしょう。


なお福祉需要の把握については、2つのことが重要です。


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         <pubDate>Sat, 28 May 2011 16:40:32 +0900</pubDate>
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         <title>社会福祉における市町村の役割　2</title>
         <description>今後、保健と医療という最も関係の深い活動分野との連携が必要となるでしょう。


さらにいえば新たな福祉の観点で既存の自治体施策の総点検と改善が必要となるでしょう。


いま、自治体では、アメニティを視点にすえる環境管理の計画とともに普遍主義を視点にすえた地域保健福祉計画が、新たなまちづくりの根幹施策になりつつあるといっていいでしょう。


その実現には、予算配分の見直しや役所組織の再編、地域住民の新たな理解と協力の確保、さらには職員意識の改革も不可欠です。


社会福祉をめぐる自治行政は大改革の時代に入ったといえます。


福祉需要・福祉サービス・福祉資源そこで改めて市町村の役割を考える場合、整理しておくべき大切な概念が3つあるといえるでしょう。


「福祉需要」、「福祉サービス」、「福祉資源」です。


そして、この3つの概念と独任・公選の首長の存在が結び付くのです。


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         <pubDate>Thu, 28 Apr 2011 16:39:08 +0900</pubDate>
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